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坂口安吾「日本文化私観」解説【安吾の言う「文化」とは?】

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空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有っても無くても構わない代物である。法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい、我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。(坂口安吾「日本文化私観」)

 

今回は坂口安吾「日本文化私観」を解説してゆきます。

この記事では「日本文化私観」を読んだことはあるが、今一つピンとこなかったという方のフォロー、あるいは興味はあるがまだ読んだことはないという方の予習となることを目標としています。事前に読んでいる必要はありません。

さて、「堕落論」の記事を先にご覧になった方はご存じだと思いますが、安吾は戦争における東京の空襲を「偉大な破壊」と表現したり、今回の「日本文化私観」では、「法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ」などと言ったり、言葉尻だけを捉えれば相当非常識的で、嫌われそうなことを書いています。

普通、日本文化を語る作品に対しては、私たちは自然と、日本の古き伝統の価値を再発見し、それを賛美する気持ちを高めてくれる内容を期待するものです。その期待を、安吾はしっかり裏切ってくれるわけです。嫌われて当然のようにも思われますが、安吾の文章のファンは多い、それはなぜなのでしょうか。

それは、安吾が人間を愛していて、そのことが文章から伝わってくるからだと、私は感じています。例えば、「人間は、ただ、人間をのみを恋す。人間のない芸術など、有る筈がない」と安吾は言っています。安吾は決して斜に構えているわけではなく、むしろ徹底的に素直なのです。

そのことは、解説からも明らかになるでしょう。

 

1. この作品の背景

いつの時代にも言えることですが、古きものを賛美し、当世の堕落ぶりを嘆く風潮はなくなりません。安吾の時代で言えば、日本の古い文化が失われる変りに、「猿真似」に過ぎない西洋風の衣類や建物が当たり前のものとなり、ある種の人達の危機感を大いに煽っていました。しかし、安吾に言わせれば、単なる古きもの賛美などは非本質的であり、実は「法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ」のだという信念を持って、安吾は一般論に一石を投じました。

 

2. この作品の中心概念

この作品の読解上のカギとなる概念は「生活意欲」、あるいは「欲」です。どちらも安吾自身の言葉ではなく、私が設定したものです。安吾自身は「実質」とか「必要性」と言っています。

 

3. この作品の中心的主張

安吾は「実質」から有形無形の文化・芸術が生まれるものと考えています。「実質」とは人間にとっての「必要性」のことで、その「必要性」は、私の言葉では「生活意欲」に根ざしているものです。

例えば、人々が交通上の利便性を主張したために、地形を変えて道路が建設されることなど、このようなことも安吾にとっては文化現象です。ただし、この場合、安吾の焦点は「道路」そのものにあるのではなく、利便性を主張する人々の「欲」の方にあります。安吾は人間を「欲」そのものとして、根源的に見ていたと言ってもいいかもしれません。

安吾は日本人の生活が健康である限りは、日本の文化が滅びることはないと主張しています。法隆寺や平等院が焼けてしまってもです。それは、安吾にとって文化そのものと言える、「欲」としての日本人のエネルギーが消滅するわけではないからです。日本人が生み出すもの、生活に取り入れるものは目に見える形としては変化してゆき、古いものは廃れていきますが、「欲」としての日本人が時代ごとに抱く「必要性」に従って、衣類や建物も変化するのが本来なのだと、安吾は考えています。

安吾は変化を生み出す「実質」としての日本人そのものを文化として見ていて、神社仏閣といった固定的なものをもって日本の文化と断じているわけではないということに注意が必要です。もし、日本人が寺も神社もいらないと思うのであれば、それは確かにいらないのであって、そうやって廃れていくのは固定的なものの運命としては当然のことだと、安吾は考えます。

 

4. 要点の解説

ここまでの解説で、すでに作品のエッセンスは示しましたが、ここで要点をいくつか挙げて解説し、安吾の主張を肉付けしていきます。中心概念である「生活意欲」に注目して読解していきましょう。

 

①日本人らしさと伝統の関係

伝統とは何か? 国民性とは何か? 日本人には必然の性格があって、どうしても和服を発明し、それを着なければならないような決定的な素因があるのだろうか。

日本には様々な古い伝統があります。和服、能、歌舞伎、茶の湯、普通、これらは日本人の精神性を反映したものであり、まさに日本人にふさわしい伝統であると考えられていますが、安吾はそのような一般論に疑問を投げかけます。

安吾は武士道を取り上げます。安吾によれば、日本人は最も憎悪心の少ない民族なのですが、武士道の中心的な規範は「仇討ち」です。つまり、主君の仇は身をやつしてでも必ず討て、ということなのですが、安吾の考えでは、日本人は自然には仇討ちなどしません。

伝統とか、国民性とよばれるものにも、時として、このような欺瞞が隠されている。凡そ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、恰も生来の希願のように背負わなければならないのである。

だから、安吾は古い伝統を、ただ古いという、それだけの理由で日本人の精神性を反映したものだとは考えません。日本人は日本人であり、伝統は伝統です。そこに繋がりがあるかどうかは、「実質」を見なければなりません。伝統が真に日本人の精神性を反映したものでないならば、戦後、武士道が完全に忘却されたように、日本人の「実質」が「必要性」を感じなくなった伝統が消滅するのは当然のことだと、安吾は考えます。

 

②古きものへの幻想

安吾は新潟市の生まれですが、小学生のころ、信濃川の河口にかかる万代橋という木橋が鉄橋に変わり、川幅も埋め立てられて狭くなり、長い間悲しい思いをしたことがあったそうです。安吾によれば、「日本一の木橋がなくなり、川幅が狭くなって、自分の誇りがなくなることが、身を切られる切なさ」だったようです。このような感じ方は私たちに共通するもので、伝統の保存について考える時、私たちが自然と中心に置いている実感であると言えます。しかし、「その不思議な悲しみ方が、今では夢のような思い出」になったと、安吾は言います。

思うに、古いものがずっとなくならなければいいのにという私たちの想いは幻想的なもので、移ろい易く、人々の「生活意欲」が別のものを求め始めたならば、淡い幻想などはどんどん捨てられて、新しい便利な生活が追求されていく、というのが人間の生活の実相であると言えるかもしれません。

多くの日本人は、故郷の古い姿が破壊されて欧米風な建物が出現するたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。

これが、安吾が見て取った日本人の実相でした。現代では、「観光資源」という新しい「必要性」と寄り添い合う形で、地元の人々の幻想は大きな価値を持つものとなっているとも言えますが、人々の「生活意欲」は、時として古いものを急速に脇に押しのけて突き進むものです。

我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。

先にも述べたことですが、安吾は有形無形の、固定的な「もの」をもって日本の文化と考えてはおらず、日本人の「欲」、あるいは「欲」に突き動かされた日本人の動きそのものを文化と考えています。日本人の独自性をどこに見出すかという問題に関わるものですが、幻想も大事だし、「もの」も大事だと考える私たちとは根本的に異なる視点で、安吾は日本人と文化・伝統を理解していたことになります。

 

③人間への愛情

冒頭の引用にもある通り、寺に対する安吾の態度は非常に冷淡です。「法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ」というのは、普通に考えれば言い過ぎのようにも思われますが、安吾の価値観から言えば当然の態度であると言うことができます。

ここまで述べてきた通り、安吾は日本人の文化やその独自性を、日本人の「実質」、あるいは「生活意欲」の中に見出そうとしていました。その姿勢の背後にあるのは、人間の実相に対する安吾の深い理解と愛情です。生活する人間は安吾にとって愛すべきものなのです。

ところで、寺は孤独、すなわち脱世俗の観念に基づいて設計されるものです。

寺院建築の特質は、先ず、第一に、寺院は住宅ではないという事である。ここには、世俗の生活を暗示するものはないばかりか、つとめてその反対の生活、非世俗的な思想を表現することに注意が集中されている。

安吾は続けて、次のようにも言います。

寺院は、建築自体として孤独なものを暗示しようとしている。(…)然しながら、そういう観念を、建築の上に於てどれほど具象化につとめてみても、観念自体に及ばざること遥かに遠い。

簡潔に言えば、安吾にとって、寺は「嘘くさい」建物なのです。それは人間の痕跡をそぎ落とそうと努めて建築され、孤独という観念を表現しようとするが、それでいて、建物自体は孤独という観念と比べて、どこか完全ではありません。観念自体の方がより真実らしく、美ですらあるとすれば、どうして建築としての寺などに価値があるのだろうか、と安吾は考えています。

安吾は「生活意欲」という人間の「実質」を中心に置いて、非常にラディカルにものごとを見定めています。一般的に言って、人間の生活の方が真実で、寺などはどうでもいいという主張は物質主義者の俗っぽい、短絡的な考え方に過ぎないように思われますが、安吾のそれは「実質」を中心に置いたロマンティシズムです。

安吾には人間の「実質」という追求するべきものがありました。そこに、愛情を注ぐべき人間の実相を見出そうとしていました。そのため、寺は日本の伝統として大きな顔をしているけれども、実は欺瞞的なものに過ぎないばかりか、案外退屈なものなのだと、安吾は考えているのでしょう。

 

④美について

僕の仕事である文学が、全く、それと同じことだ。美しく見せるための一行があってもならぬ。美は、特に美を意識して成された所からは生まれてこない。どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、書きつくされなければならぬ。(…)この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ。

法隆寺も平等院も「美しさのための美しさ」であり、素直でなく、「たあいもない細工物」に過ぎないと安吾は言っています。寺院には、躍動する、並々ならぬ人間的な実質がない、と見ているのでしょう。もちろん、法隆寺も平等院も人に好まれるものではありますが、安吾にとっては、「法隆寺だの平等院は、古代とか歴史というものを念頭に入れ、一応、何か納得しなければならぬような美しさ」に過ぎませんでした。

反対に、安吾が美を感じたのは、茨城から東京へ向かう途次に電車の中から見た、川岸に佇む、コンクリートの塀に囲まれた刑務所、あるいは学生の頃、友人が務めていたドライアイス工場、そして、いつか見た停泊中の駆逐艦でした。それらには安吾を惹きつける「郷愁」があったと言っています。

安吾の考える「美」には二つの側面があるように思われます。まず、それが人間的な「実質」と、そこから導かれる「必要性」に従って、虚飾を排し、必要なもののみをもって構成されていることです。つまり、美のための装飾で人を胡麻化そうとするのではなく、あくまで「必要性」が編み出した形式の力を信じて、人の心を打たないのでは美ではないということです。

安吾は洗練された短距離選手のフォームを美しいものの例として挙げていますが、その動きは、速く走るために無駄をそぎ落として形成されたものだから美しいのであり、殊更に美しく見せようとして案出されたものであれば、それは「たあいのない細工物」に過ぎなくなるでしょう。

そして、「美」とは「郷愁」を感じさせるものでもあるようです。「郷愁」とはふるさとに対する想いですが、ここで「ふるさと」とは生活のことです。刑務所も、ドライアイス工場も、駆逐艦も、そこには確かな生活を想像させるものがあり、その生活の内に埋没している人々の姿が目に浮かびます。刑務所、ドライアイス工場、駆逐艦には、飾り気など求められておらず、生活や目的のための「必要性」に応じて配置されたもの以外には何もありません。そのような懐の大きな姿を前にする時、安吾は目の前で動いている生活に吸い込まれるような気持ちになり、「郷愁」という「美」を感じるのです。

安吾の「美」についての考えは、半ば理論的であり、半ばフェティシズム的なものであると言えます。

 

5. 個人的なコメント

要点には含めませんでしたが、「家」について、安吾が次のように述べる箇所があります。つまり、「家というものは(部屋でもいいが)たった一人で住んでいても、いつも悔いがつきまとう」とか、「家へ帰る、という時には、いつも変な悲しさと、うしろめたさから逃げることが出来ない」と言うのです。そして、そのような逃れられない実感を源泉として文学が生まれるのが本当だと主張しています。

家に帰って友人と別れるとなぜだか寂しい、というのはよくある話ですが、安吾はただ寂しいのではなく、家に帰ると「悔い」を感じるのです。寂しいにしても、ただ一人家で「悔い」を感じなければならないから、寄る辺がなくて、寂しいのです。この辺りの感覚に、安吾を理解する手がかりがあるように思われます。

私たちは、忙しい現代的生活の中で、知らず知らずの内に、仕事や生活上の悪魔になっているように思われます。忙しい現代的生活を確実に処理し、回していくためには、私たちは身体も心も緊張状態にして、集中力を練り出し、色々なものを切り落として、実利ばかりを賢く素早く選び取り続けなければなりません。そうやって、よく言えば逞しく、悪く言えば小利口に生きていると、他人に対する思いやりや親切の気持ちはそぎ落とされ、気楽さを失い、そうすると、私たちの心や胆力といった心的エネルギーの方も、段々窮屈に感じたり、傷ついたりしていくものです。折れはしないにしても、傷は段々と深くなっていく。だから、家に帰ると、自分がただただ自分自身を傷つけることで生活を成り立たせていることに気づかざるを得ないのです。そこに「悔い」が生まれるのではないでしょうか。

文化の一つの要素は「美」です。その定義や実態は様々でしょうが、人間に対する、一つの「美」の働きは、私たちから傷の存在を忘れさせてくれることです。そして、安吾はそういった「美」を半ばは求め、半ばは求めていないように思われます。なぜなら、傷がなくなってしまえば、というのは、安吾が(当時としての)現代人でなくなってしまえば、そうすれば傷が直観し、見出してくれる「美」を感じることができなくなってしまうからです。人間は、おそらく気楽になって生きた方が幸せなのですが、気楽さは色々なものを素通りしていくでしょう。だから、安吾は自分の文学を「曠野の流浪」(安吾「堕落論」)などと表現をしているのです。曠野にいることでしか感じられないものがあるのです。

安吾の視点は鋭く、人の心を打ちますが、それは本人にとって諸刃の剣でもありました。しかし、安吾は嫌でも文学をやりたかったし、やらざるを得ませんでした。そして、それが安吾の「実質」であり、「生活意欲」に根ざした「必要性」でした。その真実性が、私たちをして安吾に惹きつけてやまないのでしょう。

 

6. 参考文献

坂口安吾「日本文化私観」『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』(岩波文庫)

この記事における引用は、特に但し書きのない限り、上記「日本文化私観」によるものです。


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