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【解説】高校生でも分かる!太宰治「グッド・バイ」の主人公とキヌ子との息はぴったり合っている?

太宰治「グッド・バイ」のイメージ画像として寿司の盛り合わせ

 

トンカツ。鶏のコロッケ。マグロの刺身。イカの刺身。支那そば。ウナギ。よせなべ。牛の串焼。にぎりずしの盛合わせ。海老サラダ。イチゴミルク。

 

今回は太宰治「グッド・バイ」を解説してゆきます。

この記事はLian(リアン)の<高校生でも分かる!>シリーズの第14回目です。このシリーズでは高校生のみなさんと一緒に作品を理解してゆきます。

この記事の解説は事前に「グッド・バイ」を読んだことがなくても十分に理解することができます。解説は解説としてお楽しみ頂くこともできますので、気軽にお読み下さいね。

この作品は太宰の未完の作品です。連載中に死んでしまったからです。

奇妙なことに、「グッド・バイ」は死ぬ直前の作品なのですが、そうとは思えないくらい、普通に笑えるお話なんです。ユーモア作品と言ってもいいです。

この作品を、実はその背後に苦しみや悲しみのあるお話と解釈することは、ほとんど不可能です。そうすれば牽強付会になってしまいます。明らかに、「斜陽」や「人間失格」とは違うものが作品の底にあります。

苦悩する私小説家・太宰のもう一つの顔が、この作品に表れています。残念ながら途中で終わってしまっていますが、気軽に読める作品です。みなさんも読んでみて下さい。

それでは、解説してゆきましょう。

 

1. この作品のあらすじ

主人公の田島は編集の仕事をする傍ら、戦後の闇商売でも稼ぐ男でした。田島は疎開先に妻子を置いておきながら、十人くらいの愛人とも関係していました。田島はその関係を清算したくなったようです。

それだけいる愛人全員と別れることを考えると、田島は途方に暮れるのですが、ある文士から得た変な秘策を実行するチャンスが訪れました。その秘策とは、とんでもない美人を連れて、それを妻と称し、愛人の前に現れて意気阻喪させるというものなのですが、偶然、田島の目の前に、そのとんでもない美人が現れたのです。

それはキヌ子と言って、田島とは闇の方の商売で何度か取引したことのある女でした。取引きの時は男とも女とも分からない汚い身なりだったのですが、街で偶然会った時には、とてつもない美人として、田島の前に現れたのです。

ただ、キヌ子は美人なのに、最悪のからす声で、ゲス。闇商売でたくましい。大食いで、謎の怪力。とてつもなく品がなくて、とてつもない美人の女なのでした。

田島はキヌ子を連れて、愛人一人一人の下へ「行進」するという大作戦を実行していきます。まずは一人目、きれい目美容師。札束をポケットに忍ばせて「グッド・バイ」。予想外に優しい自分の声に感動。

作戦は、上手くいきそう。でも、あまりにもキヌ子は田島の金を使いすぎ。どうにかしねえとなあ。

 

2. 一つのキーワードで理解しましょう

 

「おやおや、おそれいりまめ。」

 

私が「グッド・バイ」の読解の鍵として設定する言葉は「波長」です。主人公の田島と相棒(?)のキヌ子との波長がぴったり合っていて、二人はまさに名コンビなのだということです。

もっとも、二人はお互いの波長がぴったり合っているなんて夢にも思わないでしょうが、二人は最初からこんな会話を普通にしています。闇の取引で数度顔を合わせたことがあっただけなのにです。

「心配するな。ぼくだって、いま一生懸命なんだ。これが失敗したら、身の破滅さ。」

「フクスイの陣って、とこね。」

「フクスイ? バカ野郎、ハイスイ(背水)の陣だよ。」

「あら、そう?」

けろりとしている。田島は、いよいよ、にがにがしくなるばかり。

田島は決して、誰にでもガツガツ喋るタイプの男ではないです。とんでもない美人を連れて愛人と別れるという秘策を預けてくれた、歳のいった文士にはかなり遠慮していますし、愛人たちに対しては優男で、普通にモテるから、気づいたら十人近くも愛人ができてしまったのです。汚い言葉なんて使わないんです。

それが、キヌ子相手には最初からこれです。これは、キヌ子程度の女ならこれでいいだろうと見くびっているのではなくて、自然と信頼している証拠なのだと、私は思っています。闇商売やっている同士の仲ということもあるでしょう。この点、結構重要なんです。

ちょっとだけ難しい話をします。作品の「波長」というお話です。作品の背後にあるものとか、底を通じているものと言ってもいいでしょう。これは、主人公の波長がそのまま作品の波長になることが多いです。

私は以前の記事で「人間失格」を解説しましたが、この作品と主人公の葉蔵の波長は「澄んだ悲しみ」だと私は思います。この作品のファンは、そのような波長と同調できるからこそ、作品を信頼もするし、惹かれもするんです。それでは、「グッド・バイ」の波長はどうでしょう?

私は、「グッド・バイ」の波長は「笑い」だと思っています。それは、アハハと声になる笑いのことではありません。活力のことです。無条件にポジティブに働く変な力。何とかなるでしょ。いや、どうにでもなれえ。ケロケロり。

闇屋を想像してみて下さい。闇屋とは、戦後、物資を統制に違反して高値で売っていた人たちをいいます。キヌ子は「かつぎ屋」だったみたいです。地方の食糧を運んできて東京で売っていたんですね。それはもちろん、闇市場で。

いろんな性格の闇屋が想像できます。利己主義的な闇屋、絶望的な闇屋、退廃的な闇屋、人に無関心、生きることが全て。まあ、基本的にあまりいいイメージではないですよね。もちろん、一面だけ見ればです。

ただ、田島もキヌ子も、闇屋なんですけど、性格がねじ曲がっていたり、心が擦り減って消耗していたり、ということはないです。その秘密が「笑い」です。彼らにとっては、闇屋なんて「楽勝」なんですよ。別に楽しいわけではないけど、何てことはない。いけるいける。そういう部分が二人の強みなんです。

田島はキヌ子を発見することができてよかったんです。それは、愛人と別れるという作戦を実行することにおいてではなく、「いけるいける」の方の自分を見せることのできる相手ができたからです。そうでなければ、この作品は喜劇とも悲劇とも言えない女々しいものになっていたでしょう。

実際、田島が一人目の愛人に「グッド・バイ」した時の気持ちを見てみましょう。

セットの終ったころ、田島は、そっとまた美容室にはいって来て、一すんくらいの厚さの紙幣のたばを、美容師の白い上着のポケットに滑りこませ、ほとんど祈るような気持で、

「グッド・バイ」

とささやき、その声が自分でも意外に思ったくらい、いたわるような、あやまるような、優しい、哀調に似たものを帯びていた。

田島は愛人たちと別れていくという自分の物語を、本当はこういう色彩のお話にしたいんです。でも、キヌ子がいるので、希望通り女々しくグチャグチャになったりしないんです。でなければ、この作品では笑えません。

田島の「いけるいける」を一つ見てみましょう。

「あのう、僕の靴を、すまないけど。……それから、ひものようなものがありましたら、お願いします。眼鏡のツルがこわれましたから。」

(……)彼はキヌ子から恵まれた赤いテープで、眼鏡をつくろい、その赤いテープを両耳にかけ、

「ありがとう!」

ヤケみたいにわめいて、階段を降り、途中、階段を踏みはずして、また、ぎゃっと言った。

田島の眼鏡はキヌ子のパンチで壊されました。田島が色男流の、男の色仕掛け作戦でキヌ子を征服しようとしたからです。キヌ子には全然歯が立ちません。

この後、田島は反省するどころか、キヌ子を自分に都合のいいように従わせるために、新しい作戦を考えだします。思想作戦。よく分かりませんが、キヌ子と道徳上の議論をすることで、キヌ子を好ましい女に変えてしまおうということです。ヤケですね。

この、ヤケっぱちでも突撃していくところが、田島の「いけるいける」で、闇屋で上手くいっているのも、文士の秘策を本当に実行してみるのも、キヌ子に何度やられても諦めないのも、この活力があるからなんです。

田島とキヌ子とは、実はぴったり波長が合っていて、名コンビ。田島とキヌ子が一緒に書かれているから、田島のいいところも、キヌ子のいいところも見えてくるようになるんです。

そのいいところが、何か笑える。この作品の魅力はそういうところにあると思います。

「いい加減に、やめてくれねえかなあ。」

「ケチねえ。」

なんだか、見ていてうらやましくなってきますね。

みなさんは、どう思いますか?

 

3. 私のコメント

面白くて、読解は困難でした。笑いは意味を忘却させますからね。

頑張ってみると、実は色々読み取っているものなのだなと、新発見です。

悲しみ以外の文学って貴重かもしれませんね。

 

4. 参考文献

太宰治「グッド・バイ」『グッド・バイ』(新潮文庫

この記事の引用は全て上記「グッド・バイ」によるものです。

 

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