今回は、小林秀雄「無常という事」の解説と感想を書いていきます。
なお、作者の生涯についてご興味のある方は、以下の記事を併せてご覧下さい。
1. 解説&感想(「無常という事」)
この作品は小林秀雄の代表作の一つで、高校の国語教科書に採用されることもあるのですが、内容は簡単ではないので、高校生も大変そうです。
他の代表作である「モオツァルト」や「本居宣長」が戦後の作品なのに対して、この作品は太平洋戦争中の作品です。
新潮文庫の『モオツァルト・無常という事』に収録されている、「当麻」、「無常という事」、「平家物語」、「徒然草」、「西行」、「実朝」は連作として書かれたものであり、いずれも1942年から翌年にかけて発表されました。
さて、作品の冒頭で紹介されているのは、『一言芳談抄』の中にある文章です。
そこでは、鎌倉時代の日吉大社に、かんなぎの真似をして「ていとうていとう」と鼓を打ち鳴らし、「生死無常の有様を思」って、現世のことはともかく、死後のことはどうか助け給えと、神仏に祈る若い女があったらしいことが書かれています。
小林はこれを良い文章だと思ったそうなのですが、ある日、比叡山を訪れ、「山王権現の辺りの青葉やら石垣やらを眺めて」いたところ、この文章が思い出され、「古びた絵の細勁な描線を辿るように心に沁みわたった」と言っています。
この作品の難しさは、ある種の勘違いに基づくのではないかと私は思います。
というのも、この作品の題は「無常という事」ですし、日吉大社の「なま女房」も「生死無常の有様」に言及しているので、作品の主題は「無常」のように理解されて当然のように思われます。
しかし、読んでみると、小林は最初から最後まで、一貫して「常なるもの」について語っているのだということが分かります。このややこしさが、この作品を難しく感じさせているのです。
例として、小林の心に『一言芳談抄』の文章が浮かんだ時、小林が一体どのような状態にあったのか見てみましょう。
僕は、ただある充ち足りた時間があった事を思い出しているだけだ。自分が生きている証拠だけが充満し、その一つ一つがはっきりとわかっている様な時間が。
その時、小林は「自分が生きている証拠だけが充満」しているような時間を体験していたのであって、「無常」の観念に沈んでいたわけではありません。むしろ、完全に近い時間体験を持っていたことが分かります。
更に言えば、この思い出された「鎌倉時代」とは、すなわち、小林が「常なるもの」と呼ぶものであり、この点に作品の核心があると言えるでしょう。
これは、私たちは思い出や歴史を「常なるもの」と感じ得るという主張に他ならないと私は思います。あるいは、私たちは人間の「常なる」姿を知っていて、思い出や歴史の中にそれを再発見するのだと言ってもいいでしょう。
小林は途中で、「歴史の新しい見方とか新しい解釈とかいう思想からはっきりと逃れるのが、以前には大変難しく思えたものだ」と言っています。突然に歴史の話になるので疑問に思った読者も多いかもしれません。
小林がここで何を言いたいのか簡単に説明しておきましょう。
まず、私たちは、歴史学に対して<頭のいい>分析を求め、歴史的事件の必然性を証明したり、あわよくば未来予測の役に立てようと自然に考えています。すると、歴史それ自体を学ぶというよりも、「新しい解釈」の方が注目されるようになります。
しかし、小林は、歴史を「解釈」によって見方が変わってくるようなものだとは思っていません。むしろ、私たちがごく平凡な態度で歴史に対峙して、そこで心で感じ取るものは、そう簡単に揺るがないと考えています。
更に言えば、「解釈」は「解釈」であって、歴史それ自体ではありません。私たちの歴史体験の源泉である「歴史」は「解釈」とは関係なしに、以前から、そしてこれからも歴史的事実として存在しているものです。
このような考えの背景があって、「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」という本居宣長の思想を、小林は持ち出しているのです。小林にとって、「解釈」ではない直の歴史こそが、手ごたえのある対象なのだと言えるでしょう。
さて、小林はその手ごたえのある対象としての「歴史」を「常なるもの」と感じているのですが、この点は、もう少しだけ説明が必要と思います。
小林は、以前川端康成に語ったという話を振り返っています。
生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い出すのやら(...)解った例しがあったのか。(...)其処に行くと死んでしまった人間というものは大したものだ。(...)まさに人間の形をしているよ。
生きている人間よりも死んだ人間の方が人間らしいとは、一体どういうことなのでしょうか。
これは、人間の精神という、非実体の実体について想像してみると分かりやすいかもしれません。すなわち、ある人を知るということは、その人の精神を掴むということなのだということです。
私たちは、一人一人精神を持っています。しかし、その精神が純粋な形で発現することは稀と言うべきかもしれません。
例えば、親に対して肩身の狭い思いをしていたり、職場で気を使ったり、恥ずかしさが勝ってしまったり、色々な理由で、その人本来の自然な振る舞いが出来ないでいることは珍しいことではありません。
むしろ、本来の自然な振る舞いなど、実は、私たちは社会生活に押し流される内に忘れ果てているのだと言っても過言ではないでしょう。
小林が取り組んだゴッホや本居宣長にしろ、生きている内は、色々とその人らしからぬことを言ったり、行ったりしたことに違いありません。しかし、彼らを一つの歴史的事実として研究する時、私たちが掴むのは彼らの精神です。
その精神は、生前の人物像とは多少なりとも異なる、ある種純粋な形をしたものだと思いますが、小林はむしろ、この純粋な形の精神の方を実在として重要視しているのだと言えます。
そして、私たちに「常なるもの」と感じられるものとしては、やはり、自分自身の精神が最も根源的で、重要であるのだと私は思います。ただ、これは小林自身が直接言っていることではありません。
しかし、私たちは自分自身の精神を「常なるもの」と感じるからこそ、歴史や他の人間の内にもそれを見出すのではないでしょうか。
小林は「ていとうていとう」と鼓を打ち鳴らし、「心すましたる声」で神仏に懇願する鎌倉時代の「なま女房」を思い出しているのですが、彼女の姿には、余計なものの一切ない、純粋な精神の表れが見られるように思います。
彼女は「生死無常の有様」を思っているのですが、思い方が純粋であるからこそ、小林の心の内にもありありと思い出されたのでしょう。人間が純粋に思いつめたことは、歴史を超えて普遍性があると言えるでしょうか。
小林は文章の最後を、「現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常という事がわかっていない。常なるものを見失ったからである」と、少々皮肉気に言って結んでいます。
結びの文章の言い方もあり、小林は「無常」を読者に分からせたいのだと読み取ってしまうのが普通ではないかと思うのですが、小林の関心は、以上述べて来た通り、「常なるもの」の方にあります。
私たちは、自分の内にも、歴史の内にも、「常なるもの」を発見する能力を失いつつあるのかもしれません。それは、私たちが物事の表面しか見ることが出来なくなったことを意味しています。
あるいは、「常なるもの」を通して、過去と繋がることができなくなってしまったことを意味しているとも言えます。
そして、「無常」とは、「常なるもの」としての人間の精神が世界を眺める時に現れる悲哀であると言えると思います。
小林の言う通り、「常なるもの」を見失ってしまえば、私たちは物事の表面的な部分で怒ったり悲しんだりするのみで、「常なる」精神の持つ眼差しで、人間世界を眺めてみることなど思いも付かないことになるかもしれません。
2. 参考図書
小林秀雄「無常という事」『モオツァルト・無常という事』(新潮文庫)