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【解説】高校生でも分かる!太宰治「富嶽百景」に見る太宰の素直な感謝の気持ち

太宰治「富嶽百景」のイメージ画像として夕焼けの富士山

 

はじめまして、Lian(リアン)です!!

この記事は私の<高校生でも分かる!>シリーズの第15回目です。

このシリーズでは高校生のみなさんと一緒に作品を読解してゆきます。みなさんよりちょっとだけ大人のLianが読解のヒントを伝授します!!

もちろん、文学作品の読み方は人それぞれ。一緒に色々な読み方をしましょうね。

さて、太宰治富嶽(ふがく)百景」の解説をしてゆきましょう。

事前に作品を読んでいる必要はありません。解説は解説としてお楽しみ頂けます!!

 

1. まえがき

今回解説する太宰治富嶽百景」は小説と言うよりはエッセイに近いものです。回想文と言うのが一番正しいでしょう。富士山の思い出ということですね。

この作品は太宰の思い出なのであって、富士山の評論ではありません。前半は富士の角度は何度だの、ここから見る富士は俗だの言っているので、いかにも富士山の品定め的な文章のようにも見えますが、この辺りは必ずしも理解できる必要はないでしょう。見たことなければ分からないですし。

ただ、太宰が言うには、東京から見る富士山は左に傾いていて、その姿が心細く、ちょうどショックな出来事があった日の翌朝、太宰はそれを見て「じめじめ」泣いたことがあるようです。ここは、少し立ち止まってもいいでしょう。

 

東京方面から見た富士山は少し左に傾いている

 

こちらの画像は東京ではなく千葉から見た富士山ですが、いい画像だったので紹介させて頂きます。東京方面から見える富士山ということで。

確かに、左の方が撫で肩に見えます。太宰はこれを「沈没しかけてゆく軍艦」のようだと表現しています。

なるほど、この富士山の姿は悲しい。

沈没しているから悲しいんじゃないんです。悲しみが沈没してゆく。この傾斜に全てが流れていくんです。

この作品を読むときは、太宰の富士山評だと思って読まないこと。その読み方だと退屈に違いないし、言葉だけ読んで分かるわけがない。何でも鑑定団を文字起こしでは誰も理解できないのと同じ(?)。

太宰は富士山に「ありがとう」を言いたいんです。太宰は一時期だけど、富士山に守られて生きていたんです。

富士山、ありがとう。子どもとして。そして大人として。

私は、ふたりの姿をレンズから追放して、ただ富士山だけを、レンズ一ぱいにキャッチして、富士山、さようなら、お世話になりました。パチリ。

こんなイタズラも、きっと、富士山と一緒だったからできたんでしょうね。

この作品の太宰はなかなか可愛らしいんですよ。

 

2. この作品のあらすじ

ある日、太宰は御坂(みさか)峠の頂上にある天下茶屋を訪れます。ここで仕事をしていた井伏鱒二を訪ねたのだそうです。御坂峠からの富士山は富士三景に数えられていたらしいですが、太宰はここからの富士山はありきたりな感じがして気に入らなかったようです。

それはそれとして、太宰は井伏の許可を得て、自分もこの茶屋の部屋を借りて仕事をすることにしました。

山が色づき、そして葉が落ち枝が枯れ、雪が降って寒くなるまで、太宰はここで暮らしました。

もちろん、富士山を身近に感じながら。

 

3. 一つのキーワードで理解しましょう。

私がこの作品の読解のキーワードとして設定する言葉は「感謝」です。

この作品は御坂峠の茶屋での数か月間の生活の思い出なのですが、この期間、太宰は色々なことに感謝しているように見えます。峠からの富士山を俗と言ったり、毒を吐いている部分もあるので分かりにくいかもしれませんが、探せばたくさん見つかります。

明らかなところで、町の娘さんとの婚姻の話で、娘さんの母親から「ただ、あなたおひとり、愛情と、職業に対する熱意さえ、お持ちならば」と励ましてもらった時の述懐を見てみましょう。ちなみに、この町の娘さんは本当に太宰の奥さんになられたお人です。

私は、お辞儀するのも忘れて、しばらく呆然と庭を眺めていた。眼の熱いのを意識した。この母に、孝行しようと思った。

これは、感極まって大げさに言っているのではなくて、こういうちょっと感傷的な感謝を、太宰はたくさんやっているんです。

他には、太宰を住まわせてくれた茶屋の人たちへの感謝もあります。

この茶店の人たちの親切には、しんからお礼を言いたく思って(…)

太宰は弱いんです。助けてもらわなくちゃならない。でも、太宰には自意識があります。自負もある。

自負が邪魔をすれば、他人の親切もありがた迷惑に思われてくるものですし、屈辱ですらある。でも、この時の太宰にそんな様子はありません。

助けてもらって、素直に感謝している。太宰にとって、とてもいいことなんです。

ただ、太宰のような、心にひびが入りっぱなしの人間の感謝は、さっきも見たようにどこか感傷的で、苦しさもある。感謝は苦しみでもあるんです。

なぜかというと、太宰のような人は、心のひびと自負とが一緒になって、胸の中に毒をまき散らしてしまっているから。そして、胸の中の毒をよけなければ、感謝の気持ちは簡単に打ち消されてしまうんです。

だから、ちょっと大げさになっちゃうんです。弱い感謝だと、毒が勝つから。

太宰が峠から見る富士山を俗だと言い、見ている方が恥ずかしいと言う部分も、この感謝の苦しさから理解することができます。

私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった。

どういうことかと言うと、太宰は峠からの富士山を見て、素直に「つまんないなー」と感じたわけですね。それがもう嫌なんです。胸が毒に傾くから。つまんない景色を見た瞬間に胸の中の感謝が消えてバランスが崩れるんです。

それで、狼狽した。胸のバランスが崩れるということです。

そして、恥ずかしいと思った。これは、私の解釈では、つまんない姿をしている富士山が恥ずかしい山なのではなく、太宰自身が恥ずかしいんです。感謝のできない自分自身が。

ある種の自己暗示なんですね。感謝できない自分は悪い子だ、と。

そして、ちょっとした一文ですが、やはりこの期間の太宰は通常よりも心の持ちようの点ではよかったらしく、東京に戻ってからはまた別の気持ちが強くなってしまったみたいです。

富士に、化かされたのである。私は、あの夜、阿保であった。完全に無意志であった。あの夜のことを、いま思い出しても、へんに、だるい。

東京の太宰は、もう自分の毒にやられてしまっているんですね。峠にいた時は自然体とは言えないにせよ、善意のような気持ちを上手に持ち続けることができていたようなのですが、峠での生活というある種の逃避行が終わり、現実に戻ると、どうにも人間生活の気だるさに勝てなかったみたいです。

太宰の善意のような気持ちについて分かりそうな部分を紹介しましょう。

おい、こいつらを、よろしく頼むぜ、そんな気持で振り仰げば、寒空のなか、のっそり突っ立ている富士山、そのときの富士はまるで、どてら姿に、ふところ手して傲然とかまえている大親分のようにさえ見えた(…)

峠に遊女の一団が複数台の車でやってきて、それが「暗く、わびしく、見ちゃ居れない」様子だったようで、太宰は一度は「苦しむものは苦しめ」といって割り切ろうとしますが、そう言って本当に割り切れる太宰ではないので、遊女たちのことは富士山に頼もうと、ふとそんな気持ちになったようです。

友愛ではないんですよね。善意? いや慈悲に近いものでしょうか。

あるいは、同類同士の共鳴。心にひびのある人間同士の共鳴ですね。

感傷的な部分が多いですが、この期間、太宰は上手に、心のひびと遊ぶことすらできていたんです。

振りむくと、富士がある。青く燃えて空に浮かんでいる。私は溜息をつく。維新の志士。鞍馬天狗。私は、自分を、それだと思った。ちょっと気取って、ふところ手して歩いた。ずいぶん自分が、いい男のように思われた。

まるで、心の傷ついた、孤独な男の子のようです。

ただ、先ほども述べた通り、この後東京に戻ると、そんな思い出は思い出すのも「だるい」ものになってしまったようです。でも、分からない気持ちではないですよね。

峠での生活は太宰には旅の期間だったんです。

非日常に太宰は救われていたのでしょう。結局、太宰は富士山を頼もしく思っていたのでしょう。そういう気持ちに嘘をつく太宰ではありません。

「いいねえ、おばさん。やっぱし御坂は、いいよ。自分のうちに帰って来たような気さえするのだ。」

孤独で、深刻で、苦しい作家の太宰。

でも、この作品の太宰は堕ちていく太宰ではありません。

太宰にもちゃんと帰るべき場所があったんですね。そのことを思い出してくれてもよか

ったのにと、そんなことは言わないでおきましょう。

太宰は大切なものはちゃんと大切だと思える人間だったに違いありませんから。

 

4. 参考文献

太宰治富嶽百景」『走れメロス』(新潮文庫

この記事の引用は全て上記「富嶽百景」によるものです。

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